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あじあところどころ

タジキスタン

  タジキスタン料理の特徴  タジク人は他の中央アジア地域の民族とは違い、遊牧民ではなく定住生活をする農耕民族だった。しかし、隣のウズベキスタンなどからの遊牧民の進入により、お互いに同化しあい、同じ歴史を歩んできたため、食文化はほぼウズベキスタンと変わりがない。

  タジキスタン料理とウズベキスタン料理の相違点  ウズベキスタン料理と変わりがないといっても、地域性程度の多少の違いはある。タジク人は羊肉に並んで山羊の肉がよく使われる。ウズベク人は遊牧民族であったため、ほとんど羊が中心。逆に、農耕民であったタジク人の料理には、馬肉や馬乳の料理は少ない。
 穀類、豆類を使ったものにはウズベキスタンにはない料理がいくつかあり、農耕の歴史の古さを物語っている。
 果実などもよく使われ、果汁と砂糖で作ったシャーベットはこの地域の特徴的なもの。

  茶  中央アジアの国々では、緑茶を飲む地方と紅茶を飲む地方に分かれているが、タジキスタンでは、夏に緑茶、冬に紅茶という具合でどちらも飲まれており、これも農作物に対して精通しているためであろう。

国のデータ
<国名> タジキスタン共和国
<人口> 約610万人
<首都> ドゥシャンベ
<言語> タジク語
<人種> タジク人が6割強、ウズベク人が2割強、その他ロシア人など
<宗教> タジク人の中ではイスラム教スンニー派が最も優勢

タジキスタンの特色
 1998年7月、日本政府が国連の要請に基づき、派遣されていた秋野UNMOT政務官を含む4人のUNMOT要員が、首都ドゥシャンベ東方の町ラビジャール近くで何者かによって殺害されるという事件は記憶に新しい。

タジキスタンの歴史
〜7世紀 中央アジア南部のバクトリア、ソグド、ホラズム地方に独自の文化を形成
7世紀〜 トルコ系遊牧民の進出により、次第にトルコ化が進む
7〜8世紀 アラブ・ムスリムにより征服され、土着のイラン系住民がイスラム教に改宗トルコ系諸民族がこれらイラン系住民をタジクと呼ぶようになる
16世紀 ウズベク族が侵入、ブハラ・ハーン国の支配下に入る
1866年 ロシア軍、タジキスタン北部を占領
1868年 ロシア帝国の保護国となる
1918年 トルキスタン自治ソヴィエト社会主義共和国の一部としてロシア共和国に編入
1924年 中央アジアの民族間国境画定の結果であるとして、「タジク自治ソヴィエト社会主義共和国」としてウズベク・ソヴィエト社会主義共和国に編入
1929年 ウズベク共和国から切り離され、タジク・ソヴィエト社会主義共和国として連邦構成共和国に昇格
1990年 共和国主権宣言
1991年 共和国国名変更
1991年 共和国独立宣言
1992年 産党と反政府勢力による内戦勃発

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