タジキスタン料理の特徴
タジク人は他の中央アジア地域の民族とは違い、遊牧民ではなく定住生活をする農耕民族だった。しかし、隣のウズベキスタンなどからの遊牧民の進入により、お互いに同化しあい、同じ歴史を歩んできたため、食文化はほぼウズベキスタンと変わりがない。| 〜7世紀 | 中央アジア南部のバクトリア、ソグド、ホラズム地方に独自の文化を形成 |
| 7世紀〜 | トルコ系遊牧民の進出により、次第にトルコ化が進む |
| 7〜8世紀 | アラブ・ムスリムにより征服され、土着のイラン系住民がイスラム教に改宗トルコ系諸民族がこれらイラン系住民をタジクと呼ぶようになる |
| 16世紀 | ウズベク族が侵入、ブハラ・ハーン国の支配下に入る |
| 1866年 | ロシア軍、タジキスタン北部を占領 |
| 1868年 | ロシア帝国の保護国となる |
| 1918年 | トルキスタン自治ソヴィエト社会主義共和国の一部としてロシア共和国に編入 |
| 1924年 | 中央アジアの民族間国境画定の結果であるとして、「タジク自治ソヴィエト社会主義共和国」としてウズベク・ソヴィエト社会主義共和国に編入 |
| 1929年 | ウズベク共和国から切り離され、タジク・ソヴィエト社会主義共和国として連邦構成共和国に昇格 |
| 1990年 | 共和国主権宣言 |
| 1991年 | 共和国国名変更 |
| 1991年 | 共和国独立宣言 |
| 1992年 | 産党と反政府勢力による内戦勃発 |